テーブルの上に中くらいのきれいなイチゴが乗ったショートケーキが三つ並んでいる。僕はイチゴのショートケーキは好きだ。メロンでも構わないが、イチゴの方がザ・ケーキという感じがして見ているだけで少しぽっと表情が緩む。
それが三つも並んでいると、まるで3人の女子が華々しく午後のティータイムを楽しんでいるかのように思える。すごくキラキラして、シャンプーなのか何なのか、女子特有のいい香りが広がって・・・。と目を閉じて妄想してみる。そして次の瞬間に目を開けると、悲しい現実が待っていた。
見た目は老人でも本当は神様という怪しい人、髪や髭がボサボサで誰が見ても冴えないサラリーマンにしか見えない人。それかホームレスだろう。それと僕。僕の事はどうでもいい。その3人でショートケーキを目の前にしていると、ショートケーキに見られている気がして少し照れくさい。ショートケーキにしてもイチゴにしても出来るならばかわいい女子、せめてイケメンに食べられる方がうれしいだろう。僕は心の中でショートケーキに「ごめん。」といって謝る。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。おいしそうじゃな。早速食べるとするか。いただきます。」と好き神はショートケーキに手を合わせる。そのしぐさが慣れていてすごく綺麗だった。しかし、考えてみれば神様でも手を合わせるものなのか?という疑問が頭に浮かび、そもそも”いただきます”の挨拶は神様にするものではないのか?と少し頭がフリーズする。
今まではどこか、神様にとか、作ってくれた人のご機嫌取りで言っていたのかもしれない。でも、目の前の神様が手を合わせている事を考えると、神様に感謝気持ちを込めていただきますというのは違うと思った。では、作った人に感謝なのかと思って、厨房に向かって手を合わせて「いただきます。」と言ってみる。
すると、厨房の方から何者かが猛スピードで迫ってきた。足はバタバタしているが速すぎて見えないほどだ。
白い帽子をかぶり、少しだけ怒っているのかムキになっているのか、何か必死なのだけは見るだけでよくわかる。
「さきほど、私にいただきますと言われましたが、私に対してそのように言われましても、少し違う気がします。」と白い帽子と白い服を来た大柄の男の人は少し顔を赤くしてさらに続ける。「お客様は神様です。そして、食材も私たちにとっては神様です。ですので、私たちはどちらも神様として大事に思っております。ですが、食材がなければ料理すらできません。なので私たちはお客様はもちろん、それ以上に食材に対して感謝を込めて料理をします。」それだけ言うと男は厨房に戻っていった。
僕はその状況に唖然としていたが、男の言うことだけは理解できた。きっと立ち振る舞いは異常ではあるが、口下手な男なのだろう。僕は改めて手を合わせて「いただきます。」と言ってみた。今度は、この機会を与えてくださった神様に対し、このケーキを作ってくださった料理人に対し、この料理の食材を作ってくれた方に対し、そして、この料理のために使われた生命に対し。
厨房の方をチラっと見たが、大柄の男の人が出てくる気配はない。という事はさきほどの気持ちで正解という事なのだろうと、ほっとした。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。食べ物には感謝じゃ。食べられるだけでも感謝じゃ。何にとか、そういうことはいいのじゃ。ただ、心からありがとうと思う事でいいのじゃ。」と好き神は僕に教えてくれた。
心なのか体なのか僕の体が少し熱くなるのがわかる。厨房から出てきた男の人はきっと料理人だろう。僕が”いただきます。”をした時に出てきて、感謝するのは料理人に対してではないと、謙遜していたのだろう。その後、食材にも感謝をして生命にも感謝をすることで厨房から男の人は出てこなかった。
でも、好き神が言う”食べられるだけで感謝”というのも一理あると思う。そして心からありがとうと思う事でいいのではないかという事も納得した。
くどいようだが、僕は試したくなった。もう一度手を合わせて、心の奥底から感謝の気持ちを込めて「いただきます。」と言ってみた。
何とも心は晴れ、すがすがしい気持ちだった。そして厨房の方を見ると、白い帽子をかぶった男が顔をピョコっとだして、僕に親指を立てる。どうやらそれは「グー!」というサインのようで、僕の”いただきます。”は正解だという事は理解できた。
ほっとしてショートケーキに目を移そうとしたが、サラリーマンの体がプルプルと震えている事に気が付く。
どうやら僕の”いただきます騒動”の為に出遅れてしまい、サラリーマンは我慢の限界のようだった。
「いただきます。」サラリーマンがボソッと言った。一瞬、え?と思うほどの小さな声であったが厨房からは誰も出てこない。これでいいのか?と思ったが、きっと心がこもっているのでいいのだろう。
これでようやく、僕らはイチゴのショートケーキに手を付けられる状況になったというわけだ。
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