テーブルの上には、おいしそうな料理が置かれていた。ナポリタンとサラダとカツが一枚の皿に盛り付けられている。
僕のゴタゴタがあったので、少し料理が冷めてしまったかと心配をしたが、まだ料理からは湯気が立っている。実においしそうで、見ているだけでお腹は鳴るし、ヨダレが出てくる。
頭はパニックでも体は実に正直にできている。
料理を目でも食えるような眼差しで見た後に、老人に視線を移す。目はきっと「食べたい!」と言っていただろう。
老人に気持ちが伝わったのか、老人はコクリとうなずいたが、それと同じくして僕にこう言った。「うん、うん、わかった。食べたいのじゃろ?それはわかったが、これはワシの分じゃ。こいつをお前さんに食べさせるわけにはいかんのじゃ。ほれ、お前さんもメニューから好きなものを選べばよかろう。なーに、ワシがごちそうしてやる。しんぱいしなさんな。」
記憶が無く、空腹で体も頭もパニック状態の僕の理解するところによると、食べてもいいが、この料理は自分が食べるから駄目だという事なのだろうか?この状態で目の前にある料理を食べられないのは、苦痛でしかない。気が狂いそうだ。
ご馳走してくれると聞いた時は、神様の様に思えたが、この時ばかりは悪魔にも思えた。
そそくさと老人はピカピカのフォークを構えて、いざ勝負!と言わんばかりの気合を入れてナポリタンにフォークをぶっ刺した。
くるくる、くるくる。フォークにオレンジ色のパスタがどんどんくるまれていく。マッシュルームとピーマンとベーコンもほどよく入り、一口サイズのナポリタンが完成した。
老人は、眉毛と目元をハの字にして、ナポリタンのフォークを見てから、スーッとこちらに差し出してきた。
「ほら、あーーーーんじゃ。」と言ってフォークがゆっくりと僕の口元に近づいてきた。
老人から「あーん」など、死んでも嫌だったが、僕はしょうがなくそれを受け入れることにした。
が、僕の口元数センチのところで、フォークは野球のフォークボールの様に急にがくっと落ちて軌道を変え、そのままUターンして老人の口の中に入っていった。
「ストラーーーーイク!!」老人はふざけていったが、僕は完全に空振りであり、ぐうの音も出ない。
老人は人をからかって楽しいのか、料理がおいしいからか、その両方なのか、非常ににこやかな表情でどこか憎めない。悪魔ではあるが小悪魔程度だろう。
「お前さんも食べたければ、早く注文したらいいぞ。このナポリタンは絶品じゃ!!おススメじゃぞ!!」
僕はナポリタンと老人にいいようにされていたので、完全にナポリタンの口になってた。これでナポリタンを食べない日には死んでも死にきれない。
少し涙も出てきた気がする。グスン。
僕はメニューを見る必要もなかったが、涙を隠すためにメニューを見るふりをしたが鼻をすする音は隠せない。こざかしい真似をやめて店員を呼び出すことにした。
ベルを鳴らすとすぐに店員がやって来て、僕は老人と同じものを注文した。
老人は一口ずつ僕に見せつけているのかと思うほど料理を満喫している。僕のお腹はぐうの音も出ないほどだ。
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