お客様は神様です。13

お客様は神様です。

ここがどこなのかは解った。いや、解ったことにしようと思う。そう心に決めようと思ったが、しっくりくるわけがない。かなりばかげた話ではある。ただ、信憑性はなくとも疑う事も無意味な気がする。そうなればこの話を信じるしか他にはないのだろうと僕は腹をくくった。

しかし、自分が誰なのかはまだ解っていない。僕はまだ混乱状態ではあるが続けて質問をした。「か、神様のおっしゃることはわかりました。では僕はいったい何者なのでしょうか?自分が誰なのかわからない状況がどうも気持ちが悪くて落ち着きません。どうか教えてください。」手を顔の前に合わせて少しこすり合わせる。こういう頼み方なら神様もきっと教えてくれるだろう。そう思っていた。

「それは、わしにもわからん。すまんのう。」

僕は呆気にとられた。開いた口がふさがらないとはこのことだと思った。しばらく呆然としていると神様はつづけた。

「おぬしの事は知っておるが、おぬしが何者なのかはしらん。この世界は思考でできておる。考えたことが現実になる世界じゃ。おぬしがなりたいものになれるというわけじゃ。そんな世界でおぬしが何者かなんて無意味なことじゃ。そもそも、意味のあるものなど存在しないのじゃ。ほらこの空間とおんなじじゃ。」と当たり前のことを聞かれて、当たり前な答え教えましたと言わんばかりの顔をして老人は答えた。

どうも、はっきりしない。もやもやが思いっきり顔に出ているだろう。僕はかろうじて持っていたフォークをお皿の上に置き、両手で頭をかきむしった。

「そんなに自分が誰なのかが重要なのじゃな。うん、そうだな少しだけ自分を思い出せるようにしてやる。」と言って老人はテーブルに持たれかけていた杖を床にコツコツとしてから僕の法に向けた。

とたん、何か光のようなものが見えて、僕の記憶が少し戻った気がする。今が眠りについている状態だとすると目が覚めてきたという感覚に似ている。

色々と思い出せる。僕が昔飼っていた犬の事、好きな本の事、好きな音楽、好きなゲーム、好きな事ばかりが思い出される。しかし、好きなもの以外の事は一切思い出せない。

思い出もあったが、好きな物や事に関する記憶でしかなく、そこに登場する人物はいなかった。

たまらずに僕は老人に聞いてみた。「あの、好きな物とか、好きな事は思い出せてきたのですが、嫌いな事や僕の名前や家族の事だって思い出せません。これってどういう事でしょうか?」

「そりゃそうじゃ。ワシは好きな物を司る神なのじゃ。それ以外は担当外じゃ。残念じゃのう。」と神様は笑顔で答えた。まったく他人事だと思って笑っているが何も面白がることではない。

僕の嫌いな人リストにはこの神様も含まれた可能性があるが、この神様がそのことに気づく術がないことが好都合に思えた。

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