お客様は神様です。15

お客様は神様です。

「それは、好きでも嫌いでもないので普通という事になるのでしょうか?」と僕は言うと「そういうことじゃ。」と好き神の問いには正解し僕は少し安堵した。

「普通のものは特に印象に残らんのじゃ。好きな物と触れている時は心が動いとる。だから感動というんじゃな。そして嫌いなものに触れている時も好きとは違う意味で心が動くのじゃ。好きな動物には近づいていくが、嫌いな動物からは逃げたくなるじゃろ?そういう事じゃ。だからお前さんは自分の事や人の事を好きではなく、普通か嫌いかのどちらかということじゃ。」

そこまで言うと老人は未だに残っている料理を食べ「お前さんも早く料理を食べるのじゃ、せっかくの料理が冷めてしまったわい。」と食べるのが遅い事を僕のせいにしている。僕は少しむっとしたので、老人よりも早く料理を食べ終わろうと手と口を料理のためだけに使った。

少し気まずい雰囲気の中、しばらく料理を食べる音だけが広いフロアに鳴り響いたと思うと、次の瞬間「チーン!」という音が鳴った。それはまぎれもなくエレベーターの音であった。

この空間は好き神が作ったものだと言っていたが、迷い込んでしまった僕の他にも誰かが来たという事だろうか。僕はてっきり僕と好き神以外は入ってこられない、いや、正確にはウエイトレスも厨房のコックさんもいるのだろう。それ以上に人が増える事が無いものだと思い込んでいた。

「ウィーーーン」とエレベーターの扉が開くと好き神がピクっと反応した。「おや?誰か来たようじゃのう。」好き神は、まん丸い目で遠くにあるエレベータを見ているが、僕は反対側に座っていたのでフォークを加えながら首を精一杯に曲げて背後を見た。

スー、スー、スー、スーと足を引きずって誰かがやってくる。髪はボサボサで何だか暗いオーラを身にまとっているように見えた。

格好は灰色のスーツであり、下を向き歩いているので顔がはっきりとは見えない。が、頬に少し髭が生えているように見えることから、きっと男の人で呪われたサラリーマンというのが僕の第一印象だった。かなり運が悪そうな雰囲気を全体で表している。間違いなく僕は好きではなく、むしろ嫌いだろうし、100人いれば100人が嫌いになる出で立ちだ。

先ほども空気が重かったが、サラリーマンがこのフロアに来てからというもの、さらに空気が重く感じる。

そんな中「ふぉふぉふぉ。誰か来おったわい。」と好き神が少しはしゃいでいる。なんとも脳天気な神様だ。

ボサボサ頭のサラリーマンは徐々に僕らが座るテーブルに近づいてくるが、僕は身動きがとれない。20m、15m、10mと近づいてくる事にたまらず「だ、大丈夫ですかね?」と僕は好き神に尋ねるが脳天気な神様は笑顔でむしゃむしゃと料理を食べている。

10m、8m、6m、4m。

先ほどまで急いでご飯を食べていた僕の襟足は少し濡れており、一筋の汗が背筋を流れ落ちる。と同時にひどい寒気が走った。

すぐ後ろに恐怖が迫っているし、目の前には脳天気が座っているし、僕はサンドイッチに挟まれる具の気持ちが少しわかった。

「あのう。」後ろから、か細い声が聞こえる。もう1m後ろにいる気がするが、僕の体は硬直していて首はもちろん体は動かない。

スー・・・

「あのう。」今度は僕の頭のすぐ後ろから声が聞こえる。

全身に鳥肌が立ちビクっとしたが、そのおかげで僕の体は動けることに気づき首を後ろに向けようとすると、僕の顔の真横に髭面の顔があった。

ホラーかよ?僕は心の中で一人で突っ込み、少し涙がポロリと流れた気がする。おしっこを漏らさなくて良かったとも思った。

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